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町のプロフィール

記事ID:0000470 更新日:2020年11月16日更新 印刷ページ表示

町のプロフィール

町民憲章

1 私たちは、自然を大切にしきれいなまちをつくります。

1 私たちは、活力のみなぎる明るいまちをつくります。

1 私たちは、仕事に励み豊かなまちをつくります。

1 私たちは、互いに助け合い住みよいまちをつくります。

1 私たちは、文化を愛し、薫り高いまちをつくります。

町章・町の木・町の花

町章

町章の画像 和木町の「ワキ」を図化したものです。
 大きな円はワキの「ワ(輪)」、そして円満融和の「和」を表します。
 中央のカタカナの「キ(木)」は躍進を続ける町の発展を表しています。
(昭和28年7月制定)

​シンボルマーク

シンボルマークの画像 広がった枝葉(だ円)は、ふくらむ夢や希望、調和や対話をイメージし未来への発展を表現しています。
 支える大きな幹(円すい)は、碧い海や澄んだ空、緑の大地をイメージし豊かな自然を表現しています。
 幹を渡る白いラインは、文化や歴史の息吹をイメージし次代の新しい風を表現しています。

町の木

町の木の画像やまもも

町の花

町の花の画像

つつじ

 町の木、町の花の制定(昭和55年11月1日)

自然・地理

 本町は、山口県の最東端に位置し、広島県と小瀬川を挟んで隣接しています。町域は岩国市と接し、北は広島県大竹市、東は瀬戸内海に面しています。行政区域面積は10.58km2で、そのうち約50%が山林であり、辺地のほとんどは宅地化され、農耕地はわずか2.7%となっています。
 地勢は、南側に緑豊かな山々を擁し、北側を小瀬川に接した低い地域で東西に開け、小瀬川河口部の堆積地の上にできた町です。気候は、瀬戸内海気候であり、気温は四季を通して温度差が少なく、年間平均気温は15℃~16℃です。風向きは年間を通じて西南西、南西、南南西が多く、瀬戸内海から吹く東よりの風の日は春夏に多く、年間では5%~6%の日数です。

地図(和木町の位置)

歴史

ふるさとの川、小瀬川とともに育まれた町。和木町。

蜂ヶ峯総合公園 本町は、江戸時代には岩国藩の配下にあり、明治の廃藩置県の際には、小瀬・和木・関ヶ浜・瀬田の4村を統治して小瀬川村となり、明治32年に小瀬村と分離して和木村が誕生、昭和48年に現在の和木町となりました。
 産業は、かつては農業と海苔の生産が主でしたが、明治39年に現在の日本製紙株式会社の前身である芸防抄紙(株)が進出、さらに昭和15年に陸軍燃料廠(りくぐんねんりょうしょう)、次いで現在のENEOS株式会社麻里布製油所の前身である興亜石油株式会社が設立されるに至り、工業の町としての色彩が強まりました。その後、戦争により打撃を受けましたが、昭和31年に三井化学株式会社の前身である三井石油化学工業株式会社が陸軍燃料廠跡地に進出するにおよび、石油化学コンビナートの町として脚光を浴びるに至りました。
 これらの裕福な財政を背景とし、昭和52年に和木地区の公共下水道が完成し、昭和56年に、瀬田・関ヶ浜地区においても公共下水道が共用開始され、普及率は99.5%です。また、昭和54年から和木町の唯一の観光資源である蜂ヶ峯総合公園の整備に着手し、昭和62年にオープンの運びとなり、その後も平成2年にはバラ園の完成、平成3年にミニSLの運転開始、平成4年にローラーすべり台がオープンするなど町民だけでなく近隣の人々にも愛される公園として次々と整備されました。また、平成7年に、蜂ヶ峯総合公園隣接地に本格的なゴルフ場がオープンし、蜂ヶ峯総合公園を中心とした一大レジャーランドとなりました。

姉妹都市

文化と人の交流。お互いの協力関係を深めすばらしい社会の実現を!!

 昭和54年、北海道恵庭市との姉妹都市縁組が結ばれました。恵庭市とは、明治19年頃、和木村から幾人もの人たちが、開拓に移住した歴史的な関係にあります。姉妹都市締結書には「更に友好親善と相互理解を深め、豊かで、住みよい地域社会をつくるために相協力し、教育、文化、産業等の交流を図り、ともに繁栄することを念願する」とうたわれています。

ホーム/恵庭市ホームページ​<外部リンク>

 

恵庭市にある恵庭岳の写真花時計の写真

恵庭岳                     道の駅花ロード 花時計